おぼろげ坂

おぼろという人の日記。上がってるのか下がってるのか。分からないけど、あろほもーら。

俺が俺でなにが悪い~This is me !!~

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ローソンで買ってきたカップラーメンを食べるため、ヤカンに水を入れて火をつける。いつも問題になるのが、沸騰するまでの時間をどう使うか、だ。一日中平気でダラダラしてられるくせに、こういう隙間の時間ができると「仕事ができる人の時間活用法」みたいなのを意識しだします。僕は、レジ袋から食後のデザートに食べる予定だったカスタードたい焼きを取り出し、一瞬の迷いもなく食した。幸せだ。おぼろです。

 

 

人生のあらゆる問題は人間関係に起因する

カスタードたい焼きがおいしいというだけで十二分に幸せになれるが、人生はそんな簡単にほくほくした顔のまま歩き続けることを僕らにさせてはくれない。あるいは、愚かな僕らは勝手に幸福を忘れて自滅してしまう。「おいしい」っていう最高にシンプルで最高に美しい幸せが、他人からの言葉一つで軽く吹き飛ぶこともあるからだ。アドラーは、人生のあらゆる問題は人間関係に起因すると言う。人は1人では生きていけないけど、周りに人がいるという状況に威圧されて縮こまったり、耐えられなくなったりすることは僕自身本当にある。冷静に周りを見ても同じような人はたくさんいて、みんな、人の目を気にしながら自分が自分であることに怯えてる。

 

自分はどうしようもなく自分だ。こいつで生きていくしかないのに、(いや、だからと言ったほうがいいのかもしれない)内に秘めた本当の自分よりも、鏡にうつる自分、人の目に写る自分のほうに気をとられるものだ。嫌われたり、バカにされたり、笑われたり、そういう自分に向けられた刃は全部、自分一人が受け止めなきゃいけないから。いくら隣に仲間がいたって、気持ちを分かってくれるわけじゃない。そりゃ怯えて当然だとさえ思う。ところで先日、とあるきっかけで目にした動画に心が震えました。「これなんだよぉぉ!!」ってなったので、みなさんにも是非一回最後まで見てほしい。

 


ヒュー・ジャックマンが感極まり涙 『グレイテスト・ショーマン』「This Is Me」ビハインド・ストーリー映像

 

ご覧いただけたでしょうか。言葉にする必要もない(というかできない)美しすぎる感動だと思う。ただいま絶賛上映中!のミュージカル映画グレイテスト・ショーマン」で使われている曲だそうで、「こりゃ映画も見にいこう!」な気分になり速攻で映画館へ。スクリーンを前に、じ〜んとしてきた。多分、今日のおぼろげ坂で伝えるべき内容はあの動画に全て詰まってるような気もしなくもない。(まぁ、もうちょい書くんだけども)

 

俺が俺でなにが悪い~This is me !!~

大小の差はあれど、ほとんど全員がどこかで傷を負いながら生きてるんだと思う。他人はときに容赦を持たずに僕らを目で殴りつけ、言葉で切り刻む。たとえ自分の身にそんなことが起こっていなくとも、その光景を見れば目に焼き付き、手枷足枷になって身動きがとれなくなる。リアルでもネットでも、自分を主張する人によってたかって暴力を振るい、みせしめのように「お前もこうはなりたくないだろ」って脅してくるんだ。こんな世界にいたら、自分を見失ってしまって当然だ。別に「世界」のほうだってただこうしたいわけじゃなくて、人間一人一人がそれぞれ怯えて自己防衛してる結果にできてしまっただけ。だからこそ、だからこそだ。そんな世界の中で圧倒されるほどに自分を曝け出し、躍動し、そしてそれぞれがお互いを認め合っているように感じられるあの動画の中の空間が眩しくてしょうがないんじゃないかな。


「自分を見失うな!」と言われても、まぁそれはなかなか難しい。自分で自分のことなんて見えやしない。自分を見失っても、「おいしい」を忘れてしまっても、揶揄中傷の類を浴びせられても、そんなときに良い音楽とか、良い映画、そして居場所になってくれる人がそばにいれさえすれば、己のあるべきところに引き戻してくれるはずだと思う。そうやって僕も少しずつ自分の足で立てるようにはなってきた。もし僕の存在自体を否定してくるような輩が目の前に現れたら中指を立てて言ってやる。「俺が俺で何が悪いんだよ」って。喧嘩になったら盛大に逃げよう。考え方の違いからくる批判や、人の話はちゃんと聞かなきゃならないときもあるけど、最終的には「これが私だ」って譲れないもを貫き通せばいい。自分を卑下することも、誰に謝ることもせずに、ただ胸を張って生きていけばいいんだと思う。

 

おぼろ

 

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俺が俺でなにがわるい〜This is me !!〜【3/9 おぼろげ坂】